だ だ     
私の知る限り最強にして不死身の猫であった。絶頂期は体重10kgを超え、引き締まった筋肉はすでに家猫のレベルを大きく凌駕していた。

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出 会 い
「ぶー」と呼ばれる野良猫がいた。これまた最強の雌猫で、毎年春先には彼女が新しい子猫を連れて歩いていた。まさに「4丁目のゴッドマザー」。ある年、彼女が鯖実家の物置ににゃんこを4匹産んだ。極悪非道な鯖家は問答無用で4匹のうち2匹を家賃のカタに巻き上げた。それが「だだ(男)」と「みみ」(女)であった。命名は鯖母が。理由不明。


不死身の証1
彼が1歳の頃、4丁目の猫達に恐ろしい疫病が流行した。「ジステンパー」である。近所の猫は殆ど絶滅した。残念ながら「みみ」も死んでしまった。彼女は去勢手術の後身体が弱っていたこともありあっという間に世を去ってしまった。享年1歳。しかし、だだは生き延びた。感染し発病しながらも病魔を克服してしまった。


最強の男への道
2歳くらいまでは端正な美少年であった。しかし3年目あたりから様子が変わってきた。近所の縄張り争いに身を投じるうち、耳は次第にギザギザになり、顔は怪我→化膿→破裂を繰り返した末、右のような精悍でふてぶてしい顔へと変貌していった。怪我をして化膿する度に近所の動物病院で化膿止めを打ってもらったりしていたので病院ではちょっとした常連であった。彼は病院と車が大嫌いであったから連れていくのは大変な騒ぎであった。それは野生の証拠なのかもしれない。彼に引き替え「よる」や「こげ」は車が平気であった。彼らの猫族としての堕落ぶりを見ればむべなるかなといったところである。


不死身の証2
彼が何日も帰ってこない日があった。夜、外でかすかな彼の声を聞いて窓を開けると、下からこちらを見上げて弱々しく啼く彼がいた。なんと下半身に損傷を受けて、窓に飛び上がることはおろか歩くのもままならないようだ。急いで家に入れて、翌朝すぐに獣医さんに来てもらう。獣医は様子を一目見て言ったらしい。「ああ、交通事故ですね」猫は車に撥ねられるとき、しばしば、とっさに爪を地面に立てるため、全ての爪が割れるのだそうだ。言われてみるとその通り「だだ」の爪は全て割れていた。さらに「骨盤を骨折していますね」。
で、治療は、抗生物質と化膿止めだけ。ギブスも添え木もない。放っておけばくっつくそうだ。確かにくっついた。車に撥ねられて、数日間彷徨った上自力で帰還し、あとは安静にしていれば完治するとは脆弱な人間とはえらい違いだ。恐るべし野生パワー。
さて、当然外出禁止になるが、出たがってしょうがない。仕方なく散歩に連れ出す。その散歩が大変であった。首輪に紐を付けて連れていくのだが、当然犬とは違う。しばらくぼーっと前を向いていたと思うと、突然反対方向へ駆け出す。フェイント攻撃である。おとなしく散歩する気などさらさらない。頭の中は逃亡あるのみ。侮り難し野生の呼び声。



野生への帰還
若い頃は、必ず毎日帰ってきた。それが、年が経つに連れ午前様が増え、4歳頃から1週間平気で家をあけるようになる。特に、秋はすごい。冬眠前のクマのように大量の食料を食べまくり、ぶくぶくに太った末、旅に出るのだ。数週間後に帰ってくるとガリガリにやせ衰えている。しかも殆ど野生化状態。食事を与えると「ふーっ」と言って銜えて隅の暗がりでがつがつ食べる。それでも数日で文化的生活を思い出す。そんなことを繰り返すうち、8歳を超えると、だんだん家にいる時間の方がいないときより短くなって来た。そして10歳頃、3ヶ月ぶりに久しぶりに顔を見せたのを最後に姿を消した。そう彼はわたしたち人間を捨てて、野生に還ったのだ。全くハードボイルドな奴だった。そろそろ尻尾が二股に分かれているころだろうか。