こげ先生の歴史
出会い: 彼との出会いは1992年6月頃。当時私は東京都豊島区東長崎に妹と同居していた。マンションの1階階段付近でいかにも高価そうで生活力の無さそうな彼が頼りなげに泣きながらふらふらしているのを私が発見し保護した。おそらく年齢は6ヶ月〜1歳程度と思われた。空腹を訴えたので煮干しを与えると早くも贅沢ぶりを発揮し料理に文句を付ける彼であった。慌ててこの手の高価猫御用達のフリスキーモンプチを買ってきて与える羽目となる。 |
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定着:
一応、高価商品であることも予想されたし、飼い主が血眼で探していることを考慮し、迷い猫の指名手配書を近所にあたったが存在確認できませんでした。そこで、一応「迷い猫預かってます」という張り紙をあまり目立たないところに数枚掲示。数週間経っても名乗り出る者が無かったため、彼は鯖家の食客となったのであります。ちなみに、あまり目立たないところに掲示したのは2つ理由がある。1つはいやしくも、彼の元養育者が彼を大切にしていたのであれば、あらゆる手段をもって彼を捜すはずである。ちょっとくらい目立たないところであろうが、その張り紙を発見できないとすればそれは愛情の不足であり、そんなところに彼を返還するべきではないから。2つ目は、鯖が彼と生活したいから。
命名:
柴田家(鯖の実家)では、猫の名前はなるべく2文字程度にすべしという暗黙の掟がある。また、先代の猫の名前を襲名する手もある。そこで、まずは「だだ」の二代目襲名を考えた。が、「だだ」は体重10kgを越え、筋骨逞しい最強の鯖猫であった。ボリュームはあっても殆ど毛玉で中身のない脆弱な座敷猫ではあまりにかけ離れている。そこで、彼に相応しい名前を考えることにした。彼を観察すると手足の先だけ焦げ茶色で焼け焦げたようである。そこで「こげ」ということになった。
キャラクター:
血統は不明。チンチラかペルシャかアビシニアンあたりの混血と思われる。此の手の長毛種は今まで何かすかした感じがあって好きになれなかったのだが、いざ暮らしてみるとやはりかわいい。尻尾が太い為、尻尾の感情表現が全く日本猫と異なるのは面白かった。日本猫がわりとゆったりとくねらすのに対し、彼はぶんぶんと振り回す。ただし、寝ているときに声をかけると尻尾だけ動かして返事してくれるところは同じだ。
別れ:
妹が就職し、実家に戻るため、一人暮らしを余儀なくされる。さすがに、狭い一人部屋には住まわせられない。泣く泣く実家に引き取ってもらう。実家には先客がいた「じゃじゃ」という美しい三毛の女の子である。